高松高等裁判所 昭和31年(う)372号 判決
本件公訴事実は被告人は昭和二六年一二月から愛媛県喜多郡五十崎町大字古田甲一番地所在昭和鉱業株式会社大久喜鉱業所鉱務課員となり、昭和二七年六月から同鉱業所山王坑の責任者として同坑の探採鉱に関する各種計画の立案、実施、工員の作業監督指導等の業務に従事していたものであるが昭和二八年一月九日午後四時三〇分頃工員宇都宮利徳、同伊東広夫、西野慥の三名を指導し十二馬力消火用ガソリンポンプを使用し、しかも当日は電休日でコンプレツサーによる坑外からの送風が為されていない同坑内約二百米奥の通気の悪い斜坑において排水作業をしたのであるが、かような場合には右ポンプの使用によつて発生する有毒な一酸化炭素を多量に含む排気ガスが同坑内に充満するに至るので同斜坑で作業するものが一酸化炭素の中毒に陥る危険があり、被告人はこれを知悉しているのであるから同ポンプの使用に当つては細心の注意を払い、危害の発生を未然に防止する為万全の措置を講ずべき業務上の注意義務があるに拘らず坑外から送風のないのを知りながら迂濶にもかかる措置を何等講せず、漫然右ポンプを使用させて排水作業をさせた過失により、間もなく同斜坑内には一酸化炭素を多量に含む排気ガスが充満し、作業員がこれに中毒する危険を生ずるに至つた。従つてかかる際は直ちに同ポンプの運転を中止しなければならないのにこれが運転を中止させず引続き排水作業を継続させた為間もなく宇都宮利徳及び伊東広夫を一酸化炭素中毒に陥らしめ、同斜坑内に昏倒せしめ、救援者によつて急遽坑外に同人等を救出したが遂に及ばず、同日午後八時頃同鉱業所において同人等を右中毒により死亡せしめたものである。と云うのであつてこれに対し、原審が前記検察官所論の通り被告人の過失を否定して被告人に無罪を言渡したことは記録によつて明らかである。
よつて記録を精査し、原審において取調べた各証拠を検討し、なおこれに当審において取調べた各証人の証言及び当審検証の結果を綜合すると被告人が昭和二六年一二月頃から昭和鉱業株式会社大久喜鉱業所鉱務課に勤め、昭和二七年六月頃から同鉱業所山王坑の責任者として同坑の探採鉱に関する各種計画の立案、実施、工員の作業監督、指導等の業務に従事していたこと、被告人が昭和二八年一月九日午後四時三〇分頃工員西野慥、宇都宮利徳、伊藤広夫の三名を指導し、従来同坑内においては一度も使用したことのない十二馬力消火用ガソリンポンプを使用して坑内排水作業を開始したが、当日は電休日であり、同日午後五時以後でなければ送電されず、従つてコンプレツサーによる坑外からの送風は未だ開始されていなかつたのであるが被告人は送風を待たず単に坑内マンホール二ケ所を開放したまま右ガソリンポンプの使用を開始したこと及び作業現場は山王坑坑内約二百米奥のめくら斜坑であり、右ポンプの運転開始後間もなく、白煙を伴う排気ガスを発生し、これが坑内に充満して息苦しくなつたので作業員は皆水平坑に一旦避難したがその際も被告人は右ポンプの運転を中止させず、引続き排水作業を継続させ、独り被告人は換気装置の運転方連絡の為坑外に赴き、その留守中益々排気ガスが充満して来るので宇都宮利徳がポンプの調節をしようとしてこれに近ずいたところ排気ガス中の一酸化炭素の中毒により現場附近に倒れ、更に同人を救助に赴いた伊藤広夫も同様一酸化炭素の中毒によつて昏倒し、両名ともその後坑外に救出されたが遂に同日午後八時頃いずれも同鉱業所において死亡するに至つた事実を認定することができる。ところで本件の場合被告人が坑内排水作業に消火用ガソリンポンプを使用するに至つたのは当時同坑内の排水作業に使つていたエヤーポンプが水没し、これが使用ができずしかも坑内排水作業は急を要した為被告人は職長西野慥の外前記宇都宮利徳、伊藤広夫等の申出を容れ、特に上司である伊東浩の許可を受けてこれを使用するに至つたものであるが、従来同坑内においてはこの種ガソリンポンプは使用したことなく、又ガソリンポンプは一酸化炭素を含む排気ガスを発生し、このガスは時に身体に危険を及ぼす有害なものであることを被告人も承知していたと認められるので通風換気の不完全な坑内作業にこれを使用するに当つては作業の責任者として特にこの種有毒ガスの発生に注意し、ガス中毒等事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務のあることはもとより当然のことと云わなければならない。のみならず被告人は上司伊東浩から使用を許可されたときも特にこの点注意し、万全の措置を採るよう要望され、ガスの発生等の為少しでも危険と思われるときは速かに運転を中止して待避するよう注意を受けた事実も記録によつて窺うことができるに拘らず被告人は前記の通り当日は電休日で午後五時以後でなければ送電はなく、又送電後と雖坑内送風について電気係に何等事前連絡もしていなかつたので(この点被告人並弁護人は被告人において電気係吉川久万吉と事前に打合せたと主張するがこれを肯認するに足る証拠はなく、却つて当審証人吉川久万吉は被告人からは何等事前に送風について打合せのなかつたことを証言している)送電開始と同時に坑外からの送風が開始せられることを期待し難いにも拘らず送電開始と同時に送風があるものと軽信し、単にマンホール二個を開放したまま通風の悪い前記斜坑内において前記ガソリンポンプの使用を開始し、しかも運転開始後一酸化炭素を含む白煙の有毒排気ガスが坑内に充満し、作業員は一旦水平坑に避難するの事態にまで立至つたがその際もなお作業を中止せず、運転を継続した為遂に前記の通りの本件事故を発生させたものであつてこのことは結局被告人が作業の責任者として業務上当然尽すべき前記注意義務を尽さなかつたことに因るものと認むべきであり、被告人にその責任なしと云うことはできない。そしてこのことは当時金属鉱山においてはガソリン機関使用の禁止乃至制限がなく、従来同鉱山においてガソリン機関車を使用したことがあり、又被告人は本件ガソリンポンプ使用について上司の許可を受けている等のことによつてその責任を免れ得るものでないことは勿論であつて当時被告人の採つた措置にそれ以上の注意義務を期待することは不可能であるとし又宇都宮利徳等が被告人の指示に反し現場に赴いた為本件事故が発生したとする原審の見解は当裁判所は首肯し難い。しかるに原審が前記の通りこれら被告人の注意義務違反の事実を看過し、被告人の過失を否定して被告人に無罪を言渡したのは明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認であり、原判決は破棄を免れない。
(裁判長判事 谷弓雄 判事 合田得太郎 判事 松永恒雄)